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「遠藤みちろう」氏 が還暦になられた。
私が高校の時...
一人で校舎の屋上で寝転んで
ワインや缶チューハイをたらふく飲みながら
当時はまだカセットテープだった
ウォークマンをフルボリュームにして
テープがボロボロになるまで
「THE STALIN」を聴いていたよ。
そうかぁ...
あれから30年弱も経過したんだね。
私自身…
3度ほど「遠藤みちろう」氏 と一緒に
LIVEをさせて頂きました。
「みちろう」氏はフォークギター1本で
それはそれは凄まじいPUNK ROCKを歌われ
私は脳天が砕けました。
遠藤みちろう 氏…
「THE STALIN 復活LIVE」を
1回限りでもいいのでやってくれないかな。
過去、2001年の2/28に
みちろう氏が50歳の際に
「 STALIN 復活LIVE 」をされたけれど
それからもう10年だもんな。
今、たまらなく
STALIN のライブに行きたい。
「STOP JAP」 THE STALIN
作詞・作曲 遠藤みちろう 1982年
一貫した生き方で
今も現役バリバリの みちろう氏。
素敵すぎます............SEXY☆
初期のAdamの
過去の映像などを整理していると
本当に懐かしい。
だが…
同じ曲をやってるのに
メンバーがどんどん変わっていく。
それは仕方なくも
心が哀愁刹那な事は否めない。
上京してからの初期Adamは
演奏時間の7割をネタ (笑い) に使う様な
「コミック・バンド」
と思われても仕方ないようなLIVEを展開していた...w
リハーサルも
ほとんどネタを考える時間だった。
昔のその頃のVTRを観てると
それはそれで実に楽しく
手前味噌ではあるが
ツボにハマッた時のライブパワーは
映像を今、観ても素晴らしい。
1997年当時は、楽曲中に
「サービス 玉川」の「サービスタイム」と言う
プレゼントコーナーなんかもやっていて
その時にプレゼントの品物が
限定1名様、サイン入りの「たまごっち」…w
しかも会場は大いに沸き
「アンケートを書いてくれた人から
抽選で1名様だけ」
と言うと
..............アンケートが殺到していた。
15年前はそんな時代だったんだね...w
忘れてたよ、「たまごっち」なんて。
ドラムスの「Do! 藤崎」と共に
関西にてAdamを結成して約20年になるが
過去に
「Adam」というバンドに関わった
幾多のメンバーは
当たり前の事ではあるのだが
皆が「 本気で真剣 」でした。
私から言わせると…
バンドというのは
「男と女の関係」に本当に似ていて
「くっつく」理由「離れる」理由は理屈ではない。
バンドを継続するという事は
本当に大変で神がかり的な事であり
ましては
結成当時のオリジナルメンバーのまま
何十年と継続しているバンドなど正に奇跡...驚異的である。
まぁ…
バンドをする人間にとって
バンドは人生そのものだから
皆、色んな事があったが
皆、一生懸命だったんだ。
皆、辛い事や気まずい事もあったが
皆、きっと凄く楽しかったんだよね
今、思えば...お互いに。
過去に、Adamに関わったメンバーの皆様…
そして、
サポートしてくださったミュージシャンの方々
色んな現場の沢山スタッフの方々
応援してくれた沢山のAdamerの方々
皆様が現在
幸せで素敵な日々を送っておられる事を
心から願う次第であります。
余計なおせっかいだと怒られるかな…w
でも、純粋な本心です。
また何らかで集まれるなら
懐かしんでの そんなライブもできれば
美味しい酒も飲めるだろうけど
....なかなか難しい事だろうね。
私は断酒中
ドクターストップ中ですが...w
そんな気持ちにさせる
過去の映像でした
話は変わりますが
つい最近のダイアリーにも書いたのですが
我が身の過去の歴史上でも
「 1,2を争う 」 位の体調悪化をきたし
今週2月13日に予定されていた
「プロモーションVTRの撮影」を
キャンセルせざるを得なくなり
メンバーの皆様に
大変ご迷惑をかけてしまい
誠に申し訳ありません。
私は現在
自宅療養中の身です。
私としても当然
逸早くアルバムを完成させて
待ってくれてる方々にお届けしたいのです。
が...
年齢を理由にするのは大嫌いですが
今まで以上に、体調悪化や病気などが
マジの不意打ち(不慮の事故)みたく
訪れやすくなった気がします。
「えっ」って驚く症状や病が現実に起こります。
大病や重病の告知や
突然死と言われる事も
おそらくこういう事なんだろうなと
痛感する次第です。
心は「青春、17歳」のままでも
身体は確実に老いている事を
あからさまに垣間見るこの頃です。
1年でも永く歌える様に
死ぬまでロックできるように
健康管理には
本当に気をつけようと思います。
ややこしい季節です
皆様、くれぐれもお身体をご自愛ください…SEXY☆
こんな事を言うと
我がバンドを応援してくれて来た方々に
失礼になるのかも知れないが
1996年代頃(28歳~)からの
Adamの昔の自分の映像や
それ以前の
もっと昔の1988年頃(21歳)の
「THE REBELS」時代の自分の映像を観て
「俺って何て格好悪いんだ」
と、果てしなく嘆いてしまった…。
あの頃、我がバンドや私を観ていた人々は
「こんな百田を生で観ていたのか」...と思うと
恥ずかしくて穴に入りたくなるような
そんな思いすらこみ上げた。
なぜだと思う?
それは私にはわからない。
過去の自分を否定したり
そんな気持ちは全く無いんだけれど
ふと…
現在の43歳の自分の映像を
60歳の時に (生きていたらの話だが) 観たら
果たして私は何を思い
一体何を感じるのであろうか…と
そんな風に思いました。
でも、それが人生の普通であり
年輪を刻むという事であり
「自然な調べ」なのかもしれないね。
約14年前…
私が30歳の時に書いた詩だが
「孤独のスポットライト」
...という曲がある。
「孤独のSPOT LIGHT」
music: Do!藤崎
words: スタア★アクション★百田
虚しい程に眩しくさす 朝の光が
まだ眠い長い過去を照らした
何もかも捨て転がり続け 走ってきたよ
笑っちゃう まだこんな所にいるんだな
愛すべき者 そうでない者にも
胸一杯の愛を振りまいたけど
気まぐれの街 人は行き交う
笑顔見せたって涙出たって
独りぼっちさ いつも
孤独のSpot Light
ピエロな僕をもう照らさないで
余計な気持はもういい
伝えたい相手は君だけさ
数え切れない汚れた世界も嘘も見てきた
今さらね 考え込む年齢でもない
でも少しだけ悲しくなる この先いつか
他人の事 信じる日ってあるのかな…
ある時々に
迷惑な言葉も 受け入れ笑ってきた
でもやっぱりね
損した気にさせる…最後は
何があったって傷付いたって
冷たく明日は来る いつも
孤独の Spot Light
ぶざまな僕をもう照らさないで
笑顔見せたって涙出たって
独りぼっちさ いつも
孤独の Spot Light
ピエロな僕をもう照らさないで
余計な気持はもういい
伝えたい相手は君だけさ
........この
「孤独のスポットライト」の詩が
今も眩しくも虚しく 心にしみるのはなぜ?
答えはわかっているようで
本当はわからないのだよ
.......俺って言う馬鹿はね…SEXY☆
我が家の背景です。
真ん中に置いてあるのは
4年前
オヤジの古希祝いのお返しにいただいた「時計」です。
この時計がある限り
この先ずっと一緒に時間を刻むのであろうと
そのように感謝の念をいだいております。
そうですね...
こんな「歌」が歌えればいいなと
心から思いました。
「TOO MUCH PAIN 」 THE BLUE HEARTS
作詞:真島昌利 作曲:真島昌利 1992年
他人から笑いをとる難しさと同様に..
他人から純粋な涙を誘う事も..それは大変な偉業です。
「歌唱力」と簡単に定義ずけるけれど
それは深い深いものでありつつも
単純明快なものなのかもしれません。
完璧と思われるような
上手な歌を唄う方は世の中に五万とおられます。
それはそれで素晴らしく
私も本心から敬意を抱きます。
ただ、私は
「心に伝わるかどうか」
「感動のあまり涙が溢れてしまうか」
私にとっては「そこ」です。
「俺を泣かせやがって なんて悔しい人なんだ」
って思えたら、私は即ノックアウトです。
そういう曲の中の一つ...
私はロッカーとして 歌手として
こういう歌が唄えれば良いなって心底思いました。
わかるでしょうか........SEXY☆
そうだな…
「えっ?」てな事がほとんどで
どう考えても劣勢なのは目に見えていても
選ぶのは「勝負」しかないだろう。
逃げても
「本意ではない悔やみ」が残るだけだろう。
9回裏の満塁で
四番バッターが出てきても
絶対に敬遠じゃなくて
そこは「勝負」しかないだろう。
本気で全力勝負して
それでも打たれたら仕方がない。
.............そう そんなものは仕方がない。
私の思う「 ROCK 」なんぞ
そんなチープで馬鹿馬鹿しい所であり
至って単純明快である。
そこを見失ったら やる意味も無く
私に生きる意味など皆無である。
〝 私の一生が
空っぽじゃありませんように 〟
.............って思うなら
雑音や雑念などシバキ倒して
てめえの行き方を貫く事しかないでしょう。
なるようにしかならない事や
どうにもならない事...なんて
そんなものは
どうにでもなっていい事である。
そんな
至ってくだらない事の毎日や
白蟻みたく侵食し続ける
脳無し社会や 低俗人間ごときに
大切な己の精神支柱を蝕まれる事ほど
馬鹿馬鹿しい事はない。
ああ…
なんともくだらない事であろうか。
最後の勝負は
まだまだ遠い先である
いとおかし....w....SEXY☆
正月の帰省から帰京し
1月も、約半月が過ぎました。
私にとっては帰省は
ある意味、大きなイベントでもあり
実家を出て25年
東京暮らしが16年目の私にとっては
大切な「心の洗濯」の場なのだが
両親は75歳になろうとし
姉夫婦の子供 (私の姪) は中学生になり
弟も今年40歳の結婚6年目
無論、皆の家庭が
会社員の家庭であるわけで。
私と言えば…
会社員の経験どころか
就職活動の経験すら皆無な、独身44歳。
ましてや
音楽とロックだけに生きて来た私の価値観と人生観とは
なかなか話も噛み合うわけもなく
どちらが良いも悪いもなく
それぞれの環境があるのだから
仕方がないのは重々承知だが
「共通の会話が無い」
「生きてる世界や価値観が
余りに違う」
みたく世界は否めず。
ましてや
「他人の事などかまってられない」
「他人の事などどうでもいい」
みたく
「心ここにあらず」的な空気も感じつつ
〝 親が死んだら
もう兄弟が集まる事も無いのか 〟
..................みたく
そんな事も 前にも増して感じたりもして
人間関係 イコールで
家族、血縁関係の難しさみたく部分を痛感。
私も.....
たまに田舎に帰ったからと言って
特に無理して元気に振舞う必要性も無く
サービス精神旺盛に振舞う必要性もないのかなと…
何気に少し寂しさを覚えた今年でありました。
この酒も…
果たして、後何年
親父と一緒に飲めるのだろうか。
母親や姉家族、弟夫婦。
例えそれが形式上の集まりであろうと
今の様に一緒に酒を嗜む事ができるのであろうか。
まぁ…そんな事を感じつつ
東大寺の大仏殿、興福寺の五重の塔という
私の実家から10分の距離の、かつての通学路で
一年の精神浄化をさせて頂き
三件の墓参りにも行かせて頂きつつ
約、二日間の関西の生活を終えて参りました。
さて....
今週の土曜の
今年最初のリハーサルの準備をせねばならぬ。
良いも悪いも
あれこれ思う事 あれこれ感ずる事全てを
音と歌にしたいと そのように思う…
そんな2011年であります.....SEXY☆
私のダイアリーに
足を運んでくださってる皆様
新年おめでとうございます。
当たり前の
しきたり通りの言葉はありませんが
皆様に嬉しい事が沢山訪れれば良いなと
そのように心から思う次第であります。
私としましては
今年365日
8760時間の内で
1秒でも「喜び」を得る瞬間があれば
それは私にとっての「当たり年」だと
そのように感ずる次第であります。
切磋琢磨に
ロックンロール一筋に精進して参りますので
今年も
「スタア★アクション★百田」を
「Adam」を..
皆様、宜しくお願い致します。
本日より
百田家の家族に会いに帰省、致します。
酒豪の親父が待ち構えており
私の禁酒も、今日は無残に破られます...w
親孝行ができれば良いのだが
母とはまた 色々ぶつかるかな....w
皆様..
素晴らしき2011年をお過ごし下さい。
2011/1/2 am9:44
スタア★アクション★百田 ~百田和仁~より。
私は
世の中のイベント心には
極めて乏しい人間であるがゆえに
GW、お盆に夏祭りや花火
クリスマスや大晦日や正月には
全くと言って良い程にノーリアクションではあるが
精神を洗浄し
リセットできる機会という意味では
「年の移り変わり」は意義のある行事だと思う。
今年も一年
色んな事で頭を悩まされたが
無事に年越しが出来
ここに この生命が宿っている事実に「感謝」である。
2011年…
来年はどうなる?
来年は何をする?
来年はどうありたい?
そんな事は何も考えていないが
私に見えている事は
「ただ一つだけ」である。
「歌」という武器で
最高の表現を追及し 模索し続けたい。
ま…
これは来年がどうこうではなく
生涯に課せられた私の使命であり任務であるのだが。
そうだな…
南の島や田舎に移り住んで
ゆっくりした時間を過ごしたいとか
そういうのは
私にはまだまだ必要がないようだ。
そういのは
心から何から全てが
本当にジジイになってしまって
何と言うか
もう 死ぬ間際でいいかな。
私にはまだまだ
闘わなければならない事があり過ぎて
全くそんなのは要らないや。
皆様…
今年一年 本当にお疲れ様でした。
そして
この私のような人間のダイアリーを覗きに来て頂き
本当にありがとうございました。
来年も変わらぬ精神で
精進する所存であります。
良いお年をお迎えください....SEXY☆
2010/12/31
スタア★アクション★百田
先日…2010年12月19日
我がセクスィー・ロケンロール・バンド
「Adam~ アダム」のライブ
「Adam★SEXY-LIVE」に御来場いただいた皆様
本当にありがとうございました。
〝スタア★アクション★百田 〟(Vo)
六年も待たせてしまったのに…
活動をSTOPさせたのも、再STARTさせたのも
私の心の置き所一つ…
つまり「私の我がまま」だったかも知れないのに
以前と変わらず
熱い声援をくれた皆様に本当に「感謝」です。
それが全てです、ありがとうございました。
〝Do! 藤崎 〟(Dr)
ご来場頂いた皆さん、本当にありがとうございました。
今の4人でしか出すことの出来ない
真にSEXYな「ROCK(音)」を追求して行きます。
是非この先も面白がって頂ければ!
〝サービス 玉川 〟(Gt)
久しぶりのライブ、私は楽しかったです。
ありがとうございました。
また私の炸裂ギターを聞きに来て下さいね~(^^)/
〝サーカス 木下〟(Ba)
久々のライブは
色々と得るものがあって、とっても楽しめました!
今後Adamはますますパワーアップしますので
楽しみにしてて下さい!
~SET LIST~
1. Sexy...I,m sorry
2. C調・落雷・ブラックホール
-SEXY TALK-
3. 男の勲章 (嶋大輔 氏・カバー)
-SEXY TALK-
4. 胸キュン!スパイだー!
5. ロマンチカ
6. ありがとう
私としては…
自分の聖域と 己の存在意義と
何の為に生きるのか 何の為に生きているのか
その全てを再確信できた夜だった。
現在…
「3曲入りミニアルバム」のレコーディングが終わり
残す所…
TD(トラックダウン~マスタリング)のみだが
今回、私はどうしても
DVDとして映像に残したい曲がありまして
その撮影、編集が残っている。
それは
来年の初仕事になるかとは思うが
プロドラマーでありながら
プロ映像クリエーターでもある
我がAdamのドラムス 「Do! 藤崎」に
フル稼働して頂く事になるであろう…w
ささやかに打ちあがり…
先日に
大腸ポリープ切除手術を行った私は
この日まで14日間
豆腐しか食ってなかったのだが
諸々をふまえて
2週間振りの酒の味は 別格である。
個人的な話で言えば
物心ついた15歳から「初心貫徹」のごとく
てめえの血であり肉であり「命」であるがごとく
続けて来た「ロックン ロール 」であるが
今回…
6年間というロック人生初めての
ロングバケーションを頂いたにも関わらず
(※その間、ありがたき事に
大御所ミュージシャンの方々と
何度かセッションライブなどさせて頂けましたが
自分のバンドでの長期休暇は初めて)
応援してくれる皆様や
それにメンバーのおかげで
無事に復活できた事に大きな「感謝」の念を抱くと共に
43歳の己として
残す所、人生も後半分?(明日迄かも知れないが)
とにかく今まで通りに
200パーセントで
私の余生を「ロックン ロール 」に費やしたいと
そのように思う次第であります。
ひとつ.....
「休んで良かった」とそう思える事がある。
高校一年の頃から
プロを目指してバンドに明け暮れ
他は全て犠牲にして何も求めぬ気持ちで
ただただそれに全精力をかけて
それだけに日々の時間を費やし
叩かれようが
蹴飛ばされようが
消されそうになろうが
「うるせえ…俺を見ておけ」って
貧乏人特有の反骨精神と
モアハングリーの揺るぎのない精神で歌い続け
色んな紆余曲折を経て
30歳でやっとメジャーデビューも果たせたが
6年前の
事実上の「活動休止」をする迄は
その前後を含めて、全ての私の脳裏には
「プロ意識」「ビジネスライク」...みたく
その思考が頭から離れず
ある種の義務感を抱きながら歌い
そのように、当たり前に行動もしていた。
そうせざるを得なかったし
それで良いとも思っていた。
だが、私の音楽というのは
「音楽 = 音を楽しむ」のではなく
「苦楽 = 苦しみと怒りから生まれる音と歌」
....正にそのものであった。
それは
私がバンドを始めたきっかけや
私のルーツでもあるパンクロックとも
深い関係性や影響が当然あるのだが
やはり
「10代でのバンド」時代も苦しかったし
「THE REBELS」時代も苦しかったし
「Adam」 になってから
あんなにフザケたステージを展開していても
苦しみは変わらなかったのである。
そして、いつも常に「孤独」を感じていた。
ただ…唯一
高校生の頃に
3年の文化祭でコピーバンドをする為に
自分達でスタジオ料金を払って
ワクワクしながらスタジオに入り リハーサルをしていた頃
「15歳~17歳」の頃かな。
その時だけは
もうスタジオが楽しくて楽しくて
ギターやドラム、ベースを触るのが楽しくて
歌う事が嬉しくて、ね。
結局、音楽の原点ってそこだと思うのです。
それがだね…
以前からそうだったのではあるが
それにも増して
特にデビューしてからはどんどんと
「スタジオが嫌い」になり「リハが嫌い」になり
曲や詞、ライブやMCも
「自分の本意じゃない」と思えたらストレスを覚え
幾多のTV出演や、ラジオや雑誌なども
「やらされてる感」を常に感じ
その上に
己が求めてはいない色んな要望や
「政治のチカラ」までもが入るわけで....
まぁ......
音楽がどんどん嫌いになるんですよ。
もちろん関わった方々や環境を
全て否定する気などはなく
プラスになる事も多々あれば
感謝の気持ちも沢山あります。
でも、どうしても
そこに「真っ白な自分が居ない」という
そんな苦悩と辛さと闘うしかなかった。
純粋に
「楽しい」なんて思う暇など全く無かったよ。
今、思えば
凄い心理状況でやっていたかも知れない。
だからとは言わないが
それ以来?
私はいつ誰と居ようと
プライベートであろうと仕事であろうと
常に「真っ白な自分」で居る事だけは
揺るぎなく心がけております。
仮にそれによって誤解を受けて
自分の意思と180度逆の感情に伝わり
状況や空気や事態が粗悪になったとしても
それはもう仕方がない事だと…。
誤解を受けたりしても
「 あ、申し訳ありません。
そうではなく、私はこういう意思で
こういう気持ちを伝えたいのです。
言葉が足らず、誤解を招いたのなら
それは私の心情、本音とは違いますので
私の今のこの言葉が真実です。」
.....と、きちんとお話すれば良い事であり
それでも駄目なら仕方がないのであり。
虚像で人と接したり
虚言や虚心の空間ほどくだらなく
それこそつまらない時間は無い...ですよね。
全世界の人口分の
74億以上の思想や価値観があるのですから
違うなら違うで良し
不理解ならそれも良し
付き合わない 会わないならそれも良し
憤慨立腹し合ってどうしても我慢ならないなら
気が済むまで殴り合えば良い。
私、個人的にはそう思います。
オブラートに包まれた空間は息苦しくて
私は出席を遠慮します。
ああ...
話の方向性がかなりずれてしまい...w
...........つまり
休暇をとって何が良かったのかと言うと
今年2010年の6月から
再始動と称してスタジオに入り
Adamとして音を出した時..
まるで、あの
「15歳~17歳」の時のワクワクで斬新な感覚が
サムライに頭蓋骨を刀で切られるかのごとく
脳裏に響き渡ったのです。
これだけは理屈じゃなく
純粋で真っ白な感覚と感情でした。
そんな気持ちは25年ぶり?
正に何十年ぶりの感覚と「快感」であり
これも何十年ぶりに
歌う事、ギターを弾く事、スタジオワークが
「楽しい」と純粋に思えたのです。
私は、それが何よりも
本当に嬉しかったのです。
そして「幸せ」を感じました。
私はそれでも
死ぬまでこの「馬鹿社会」と闘わねばならず
怒りのパワーから
歌を生み出そうとする精神は変わらないし
アマチュアでもなければ
老後の趣味で
余興として音楽を楽しんでるわけではないのであり
「ギターは銃よりも強し」
「ロックで何かができる」
「ロックで世界を変えられる」
と、真剣に思い考えているような馬鹿者です。
今後も10代の頃と何ら変わらず
誰に何を言われようが
誰に何を思われようが
叩かれようが 消されそうになろうが
「歌」という「心の銃」
のヒキガネに指をかけながら
己なりに精進していく所存であります。
「作品を創作する事」
「歌う、弾く、話す、見え方、生き方」
全てにおいて
それは責任重大でもあり
そこにおけ
想像を絶するほどの
「産みの苦しみ」や「創作に必要なパワーの消費 は
それは絶対に否めないものであり
音楽に限らず
クリエーターの人々は皆同じだと思うが
それはそれは
ノイローゼになる程に
本当に過酷なモノであったりするのだが
ただ、やはり
そうであったとしても
根本の部分に
「楽しい」
が無いと、とても無理な事であり
そうでなければ
煮詰まるどころか...生き詰まるのである。
「ロックンロールは
SEXよりも気持ちいい」
そうでなければ嘘である。
何とも、また
支離滅裂な文脈になりましたが
要するに今回の休暇は
神が与えてくれた
「素敵なロングバケーション」だったと
そのように理解しております。
そして、もう一つ
ミュージシャンとして
それは当然の事ではあるのだが
43歳になった今も
10代の頃と変わらぬ想いで
「ああ、この詞は駄目だ」
「ここのメロディーは使えない、ボツだ」
「やったぞ、最高なのができた!」
「かっこいいフレーズができたんだよ!」
「あ、この気持ちは歌にできる!」
みたく…
四六時中、そんな事ばかりを考えては
「ああでもないこうでもない」と
一喜一憂しては落ち込み
2,3日、寝ないでレコーディングを続けたり
そんな毎日を生きているという事実に対し
一人のミュージシャンとして
そしてロックンローラーとして「幸せ」を感じ
そして
それらを作品にして
財産として残していけるという事実に「幸せ」を感じ
「かっこいい音を作ろうぜ!」
「最高の作品を作ろう!」
「しびれるステージをやるぜ!」
と…
〝 納得できる良い作品を創ろう 〟と
純粋な感情以外何も無いメンバーと音を作れる環境に
「喜びと幸せと感謝」を感じ
明日があるかもわからない稼業ではあるが
それはそれでとても素敵な事ではないかと思う。
次はおそらく
新譜(ミニアルバム)を発表しつつのライブとなるが
ライブ日程は
2011年の3月にできればと考えております。
それが終わればすぐ
フルアルバムのレコーディングに入る予定であり
なかなか大変ではあるが
体力が続く限り
誰かがギブアップしない限り
切磋琢磨できるかと思います。
ローリングストーンズみたく
60歳、70歳になっても
このままAdamが続いてればベストだが
だから人間 されど人間
明日の事はわからんしね.....w
いずれにせよ
ちょい最高のロックアルバムを作るから宜しくね。
今回たまたま参加できなかった
ずっとAdamを応援してくれてる皆様も
次回は是非、一緒の時間を楽しみましょう。
長くなりましたが…
乱筆乱文、とりとめの無い文脈を勘弁頂くと共に
我が Adam を愛してくれる皆様への
御礼の言葉とかえさせて頂きます。
ありがとうございました.....SEXY☆
SEXY☆ROCK,N ROLL BAND
「 Adam 」リーダー スタア★アクション★百田
さて
封印をとこうか...SEXY☆
腐食した空気の場所に居ると
魂が限りなく腐り始め
呼吸する事すら億劫になり
脳細胞も神経も体細胞も
著しく大きな悲鳴をあげ始める。
見ざる 言わざる 聞かざる。
いつも言っている事ではあるが
とにかく静かな静かなモノトーンの世界に行きたい。
生態系同士が触れ合う必要性の根拠とは
一体何なのであろうか?
意思の伝達や疎通
感情の提示や受諾
神経を擦り合わせる事による
「美しき情景」など
本当に存在するのか?
見えてるふり 感じてるふり
全ては宇宙規模のエナジーに操られており
私なんぞは顕微鏡でやっと見える位の
「菌」なのであるからして
何をチマチマとつまらない
精神の起伏を繰り返す意味があるのか。
神々に与えられた台本通りに生きて
生涯を閉じては棺桶に入り
焼却炉で焼かれてクランクアップ。
それに気が付くかどうかは
「人の勝手~自由」であります。
私は台本が嫌いであり
心中本音がそこにない限りは
「はい」などとは死んでも申さぬが
そんな潜在的な性質すらさえも
きっと台本に組み込まれているのあろう。
何とも馬鹿バカしい時間を
心から嘲笑している空間を過ごしていても
私はそこに意義を見出す。
「怒」なんて疲れるわけで
精神を錯乱させるわけで
何も清々しいものではないのだが
私は今まで
それを最大の餌とパワーにし
生きて来たのであるからして
現世に生き延びる私には
この「クソ社会」が最高の場所なのかもしれない。
幼児レベルの簡単な事だ
「バカ社会に 負けを認めてたまるか」
って、そんな単純明快な幼い発想である。
要は…
一番の大馬鹿者は私自身なのかも知れない。
くだらない。
だから私は
静かな静かな場所にちょっとだけ行きたいのである。
だが、そこに永住する気はない。
「怒」を得られない世界では
私の魂が完全に風化されてしまい
二酸化炭素と共に
風に飛ばされて居なくなってしまうから。
だから私はここに居るのだ。
殴りたい物体に 究極の笑顔を
殺めたい物体に 最高の礼儀とモラルを軽々とお見せしながらも
ビヨンビヨンと脳の裏側を
孫の手かきながら空間を過ごしているのだ。
危険なのは私ではない。
危険のはさて何だ?さて誰だ?
そんなもの
別に何も危険でもなければ
おかしくもないのである。
右によたってしまい
真っ直ぐに歩けない位が丁度良い。
いずれにしても
私が「するべき事」は一つだけだ。
物心がついた若かりし頃から一貫して変わらずに
「それが見えている」
と言う事だけは、幸せな事なのかもしれない...SEXY☆
大腸ポリープの
切除手術をしてまいりました。
手術後
3日振りに食べ物をクチに。
まだ
豆腐や 素うどんしか食べられない。
アルコールなどもっての他。
病院での
見知らぬ患者さんとの話や
ドクターや看護士さんとの話の中で
色んな事を思い 考えると共に
全ての人生の感受は
「生きてるからこそ」と
酷く痛感した次第であります。
「健康な身体」は本当に全ての資本であると
神に説教された気になり
皆様も
何よりも何よりも
健康管理だけは本当に気をつけて頂きたく
いざ.....そうろう............SEXY☆
人生なんてアッと言う間であり
明日、エピローグを迎えてるかもしれない。
良きも悪きも
私は幼年の物心がついた頃から
常にそういう思想を描いて生きて来た。
そんな「一瞬の夢」のような人生の中で
「他人の目を気にして生きる」ほど
つまらなくも くだらない事はない。
生き方も環境も思想も違う他人に対し
何とかして気持ちを伝えようとか
理解を得ようとか 説得しようとか
好かれようとか 認められようとか
そんな労力と暇があるのなら
私は一曲でも多く作品を作り それを歌いたい。
私はけして
至って恵まれた環境で育ったわけでもなく
ただノホホンと
好きな事だけをやって生きてきた人間ではないが
やりたくない事をやってる暇などない。
ましてや今…
〝やりたくない事をやってる暇はない〟
誰が何を言おうが
極端に生き急いで来た私だが
この先の余生は
もっともっと生き急いでやろうと思う。
そんな次第であります...SEXY‘‘☆
私が思う事は…
常に感ずる事を
音楽、歌、で表現していきたい事であり
そして
「Adam」と言う自分のガキ〈子供〉みたくバンドを
てめえの寿命が途切れるまで
頑なに表現し続けたい事であり
メンバーや
アダムを応援してくれる皆様が居る事に
大きな感謝の念を抱いている
.....そんな私であります。
2010年、12月19日、日曜日の
「四谷アウトブレイク」のセクスィーライブで
そんな、我がAdamの生き様を皆様に垣間見て頂きたく
そのように思う次第であります。
■ 〝スタア★アクション★百田〟 Vo.
「長い間お待たせしました。
皆さんの声援が、私の生きるエネルギーであります。
さぁて…Adamと一緒にロックンロールしよう!
みんなで遊びに来ておくれェ…SEXY☆」
■ 〝Do!藤崎〟 Dr.
「2010年12月!Adam復活!
是非その目でその耳でお確かめください!!」
■ 〝サービス玉川〟 Gt.
「超久々、超楽しみ、Adamライブだよーん。
音源もやばい、超カッコイイので聞いてよ~。
超ライブ来てね~。」
■ 〝サーカス木下〟 Ba.
「久しぶりのライブだけど、メチャメチャ楽しみ!
みなさんも楽しみにしてて下さいね(*^_^*)」
みんな待ってるゼェ…SEXY☆
そうだな…
今年の暮れの12月に
「Adam」のセクスィー・ライブをやろうかと。
レコーディングはまだ途中であり
新しい音源を提供する事はできないかもだが
それでも「生」をね…。
メンバーも
おのおのの想いがあるであろうし
私の中でも
色々考える事や思う事、感じる事もあり
今回はあえて
自ら「オープニング・アクト」
としてやらせて頂くよう、主催側にお願いした。
「前座」である。
これだけ長い間やって来て
こんな歳にもなって
あえて前座で再始動っていうのが
「 Adamらしく」て ...w
何かアホっぽくてカッコ良いなって
俺はふと そう思ったんだ。
ハコが開場してすぐ直後ぐらいの
お客もまばらな17時位から、30分「ギャヒーン!」とやって
「ファフィーン!」と、ずらからせて頂こうと
そのように思う次第であります。
いやいや中身はもちろん
「Adam セクスィー・ライブ」
である
まぁ.....フフフ...って事である。
詳細が決まり次第
正式に告知させて頂きたく
アダマーの皆様…
本当に長い間待たせたね.....やるよ...SEXY☆
私は「完璧」とは程遠い生物であるが故に
だからこその「完璧主義者」であり
自己嫌悪に陥るほどに、ことごとく神経質で繊細な生物である。
私が一番苦手なのは
「アバウト」と言う行動や言葉の類である。
やれ「肩のチカラを抜いて」などと
誤解、勘違いされがちだが
良い意味での「遊び」「余裕」「 アドリブ 」 と
「アバウト」「適当」「いい加減」とは
全く異質の物だと私は心得る。
まぁ…いずれにせよ
同類であろうと異類であろうと
共存する事の苦しさは計り知れない。
できる事なら誰だって「楽」になりたいさ。
だから私は独りで過ごすのだ。
それでも人間として生きて行く以上は
「楽」を選べない事の方が多いわけで
ああ、何とも面倒臭いのか…と。
そんな事を考え続けて43年が過ぎたんだ…SEXY☆
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